兄が遺してくれたもの。

音楽・レッスン

 

本日4月9日は、二番目の兄の命日。

30歳でした。

今日は、私のkindleの最終章をここに掲載します。

読んでいただけたらと、思います。

最後には、兄との思い出の曲をピアノで弾いたので、貼ります。

 

 

二番目の兄が亡くなったのは、まだ寒い23歳の春の日。
あまりにも、急でした。

その日の事は、正直あまり覚えていません。
まるで写真のように、あるいはショートムービーのように所々の記憶が繋ぎ合わさっているだけ。
朝まで降っていたらしい雨があがった庭の木々。
亡くなったことを親族に知らせる電話をしながら、途中自分が何を話しているのかまったく分からなくなったこと。
両親の痛々しい背中。
お洒落だった兄の、まだ残る整髪料のにおい。
遠くから駆け付けた他の兄たちが、出迎えた私の頭をポンと叩いてくれたこと。
そして、お昼におばあちゃんが作ってくれたお味噌汁の味が、まったくしなかったこと。

二番目の兄は、非常に優しく、努力家でした。まじめで一生懸命。少し歳が離れていたので、あまり喧嘩はしませんでした。
成績も優秀。でも、それはものすごい努力の賜物だったのを端から見ていました。
もちろん兄はピアノも弾けますが、吹奏楽部に所属してオーボエも吹けました。非常に大事そうにしていたのはよく覚えています。

私に好きな音楽を勧めてくれたのも、この兄でした。
「これ、いいよ」と貸してくれた矢野顕子さんのCD。何の気なしに聴いてみたら、澄んだ歌声と優しくまとう空気感に魅了されました。
それからは他のCDも借りまくり、聴き倒していきました。
前述したとおり、YMOは幼いころから家で流れていましたが、それは主に一番上の兄の影響だったと思います。
二番目の兄は、YMOメンバーでもある坂本龍一さんのCDもたくさん貸してくれました。ほぼ聴い「未来派野郎」「音楽図鑑」あたりは本当に、飽きることなく聴いていました。

二番目の兄はまた、ピアノも好きでした。
坂本龍一さんの曲もなんとなく弾いていましたが、とくにドビュッシーの「月の光」をよく弾いていました。とは言っても、最初の静かな部分だけ。

 

私がドビュッシーを知ったのも、兄の影響だったのかもしれません。あのやわらかいメロディーと、少し影のある雰囲気。
私はドビュッシーも大好きになりました。

そんな兄が、いなくなりました。

亡くなる前日の夜、本当に珍しく一緒に食器を洗って少し会話をしたのは、なんの前触れだったのだろう。

兄が亡くなったことを信じたくなかった私はただひたすら「時間よ戻れ」と心底念じていました。
おかしい。こんなことが起こるはずがないと。馬鹿だけど、時間が昨日に戻ってくれ。それだけを思っていました。
同時に、時間のむごさが痛かった。
これほどまでに辛く苦しい時間を私たちは這っているのに、なぜ世の中はいつも通りなの? なぜいつも通りにニュースやテレビが流れているんだ?おかしいよ。
そんなことを呆然としながら考えていたことは、覚えています。

葬儀が行われたのも、実際何日後かも覚えていません。
ぼんやりと、光景だけはなんとなく記憶にあります。
でも確か、お天気は晴れでした。

一通りが終わり、自宅に戻ってきました。
喪服を着替えることもなく、お線香の香りが残るリビングに、残された兄弟が集まっていました。
私たち兄弟は、ものすごく仲が良くもなく、ものすごく仲が悪くもなく。お互いあまり干渉しない感覚でした。悪く言えば、バラバラな感覚。
なので、同じ部屋になんとなく一緒にいることは珍しくて印象に残っているのかもしれません。
「母親が、〇〇(二番目の兄)の部屋で泣き崩れてる」三番目の兄が呟きました。
そっか。そうだよね。
そして、誰が最初に言い出したか。
「○○(二番目の兄)、何の曲が好きだったっけ」「坂本龍一のCD、一緒に棺入れちゃったからなあ」
私は、リビングに置いてあったピアノの蓋を開けました。
一番上の兄は、どこかから自分のアルトサックスを出してきました。
「バレエメカニック」
坂本龍一「未来派野郎」収録曲。私も、間違いなく兄たちもみんな、好きな曲。
なんとなく弾いた私のピアノに、一番上の兄のアルトサックスが重なりました。

三番目の兄は、パーカッション。とは言っても何もないので、リズムで。
全員音楽経験あるので、なんとなくいい感じのセッションに。

それは本当に不思議な感覚でした。亡くなった兄は絶対、今ここにいる。4人で揃って音楽している。口には出さずとも、兄弟みんな同じことを考えていたはずです。そして、兄たちと一緒に音楽をしたことなんてなかったのです。せいぜい、私が4歳あたりの頃、3人で「ちょうちょう」を連弾したくらい。それも喧嘩しながら。
あの時だって、二番目の兄は一生懸命練習していたな。三番目はサボってばかりだったけど。

何曲か、坂本龍一さんの曲を弾いた気がします。
4人で、一緒に。後にも先にも、あの一度きり。

私に多くのことを教えてくれた兄。大きな大きな学びを遺してくれました。
今、私が講師として伝えたいことの中にある「人生輝かせてほしい」のには、このよう兄からの学びもあります。私の中に兄は居て、なんだかんだ、まだ世話を焼いているのかもしれません。ホント、おせっかいだったから。
だから私の中ではずっと「私は兄が三人います」なのです。
あなたには、生きているうちに、やりたいことをしてほしい。

人生は、限られた時間です。自分の時間をもっと味わって生きよう。
嘘偽りのない、私の願いです。

今も私の楽譜棚にある、坂本龍一さんのピアノ曲集。二番目の兄のものです。すみません、兄に無許可で私がもらいました。今でもよく弾きます。多分、たまには聴きに来てくれているハズ。
お兄ちゃん。私がそっち行くまで、この曲集借りとくね。

「バレエ メカニック」 坂本龍一 - いっちーの弾いて話して♪音楽と本音お届けラジオ🎹 | stand.fm
最後の歌詞は、本来2回繰り返していませんが、歌わせていただきました。 ボクニハ ハジメトオワリガ アルンダ コウシテ ナガイアイダ ソラヲミテル オンガク イツマデモツヅク オンガク オドッテ イルボ...

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